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大阪地方裁判所 昭和30年(ワ)3934号 判決 1957年3月16日

事実

X信用金庫(原告)は、振出人Z(被告)、受取人裏書人Y(被告)、振出日・昭和二七年一〇月一五日、満期・同年同月三一日、金額・三一九、九一〇円の約束手形等に基いて、支払命令の申立をなし、Y、Zは右支払命令に異議を申し立てた。裁判所はXに対し訴状の補正として訴状に代る準備書面の提出を命じた。Xは右準備書面の提出に当つては、手形債権の原因関係である貸金債権を請求の原因とした。すなわち、Xは、Yに対し昭和二七年一〇月一五日元金三一九、九一〇円を弁済期同月三一日、期限後の損害金日歩五銭と定めて貸し付けたほか、数回に金員を貸し付け、ZはYを代理人として右貸金債務について連帯保証をした。昭和三〇年七月九日現在貸金の残元金は合計三四三、四八五円であるから、右金員と同日以後の損害金の支払を求める、と主張した。そして、Zに対する予備的請求原因として、(一)YにZの代理人として、保証する権限がなかつたとしても、Zは自己の記名印と印章をYとその妻である訴外A(Zの養母)に預け、適宜Zに代り法律行為をなすことを、Y夫婦に一般に許容していたから、Zは民法第一〇九条又は一一〇条で保証の責がある。(二)然らずとするもZはY夫婦に自己の記名印等を預けてZ名義で手形、小切手上の行為をなすことを委ねていた。YはZの記名捺印を代行して前記三一九、九一〇円の約手をY宛に振り出し、YはXにこれを裏書譲渡したから、Zに対し振出人とし、その支払を求める。(三)然らずとするも、ZはY夫婦に自己の記名印と印章を預けて、これが使用を一般に許容していたから、右手形の振出が、偽造であつても、第三者たるXが、その権限ありと信ずるのがもつともであるから、Zは本人として手形上の責任があると、主張した。Y、Zは、まず、Xの訴状の補正では請求の基礎に変更があるから、効力がなく、新訴たる本訴は不適法として却下すべきであると述べ、本案について、YはX主張の貸金の事実を認め、弁済、その他の抗弁を提出した。Zは、X主張事実は全部争う。Zは養母のA(Yの妻)と塗料再販売業を営み、昭和二六年二月右営業をAに譲渡し、その際従来使用のZの印鑑はZが引き揚げた。Aは銀行取引の便宜上Zの記名印を依然使用し、Zの新印章を作成してこれを押捺していたようである。本件約束手形は、AがZの記名印を使用しZの偽造印章を押捺の上振り出したものである。Zは右手形行為に関知しないばかりでなく、AやYに代理権限を授与したこともない。従つてXにおいてAやYに代理権を有すると信ずるにつき正当の事由なく、Zはその責任を負う筋合いはない、と主張した。裁判所は、Yの抗弁を排斥しXのYに対する請求を認容しZの関係においては、ZにおいてYが本件貸金を借り受けるに当りYを代理人として連帯保証をしたことはなく、また、Zの主張するとおり、ZはAとの共同営業をやめた際自己の印章を引き揚げたこと、その後Aは銀行取引の便宜上Zの記名印と、偽造印章を使用していたこと、しかし、ZはAやYに、Zに代り法律行為をなすことや手形行為をなすことを許容した事実はなく、本件手形はYがZの記名印を盗用し、偽造印章を押捺して振り出した偽造手形である、と証拠により認定し、表見代理の主張については、後記のように判示してXのZに対する請求を棄却した。

理由

(1)  裁判所から訴状の補正として訴状に代る準備書面の提出を命ぜられ、これが提出にあたつては、支払命令の申立の時の訴訟物を請求原因とすることが望ましい。しかしながら、民訴二三二条は請求の基礎に変更なき限り、口頭弁論の終結に至るまで、著しく訴訟手続を遅滞せしめないことを条件として訴の変更を許している。本件につきこれをみるに、新請求の貸金債権は支払命令申立の時の旧請求の手形債権の原因関係上の債権であることは、原告の主張自体から看取できる。そして右両者は、基盤的には消費貸借を契機として発生した債権の履行を求めるのであるから、一方はいわば他方の変形ともいうべき関係にあるので、旧請求から新請求に代えても、請求の基礎に変更はないというべきである。そして訴変更の他の二つの要件を充たしていることも明らかであるから、被告等の抗争は理由がない。

(2)  記名印のみを預けておいた場合に、それが冒用されたときの効力について考えてみよう。印章を預けておいた場合と比較するに、印章が冒用されたとき、真実には、手形の偽造であつても、第三者がその行為者に権限ありと信ずるのがもつともであつて、しかも、それにつき本人に責ありと認められる場合には、表見代理の場合と同様、本人に手形上の責任を認めるべきであろう。記名印のみを預けておいた場合においては、当裁判所に顕著である。我国に行われている、記名印よりは、印章を重視する、慣習に徴するときは、記名印が冒用されたとき、第三者がその行為に権限ありと信ずるのがもつともであるとまで考えることは、本人に極めて酷であるということができる。他の理由により、かく信ぜられれば格別、単に記名印を預けておくことだけでかように信ずるのがもつともであると考えられないから、結局、この点に関する原告の主張は、採用できない。

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